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私の闘病日記/その② 精密検査

030.gif私の本業はOLでありアート活動はまだアマチュアのようなもの。
この時期は本業の仕事が一年の中で最高に忙しい時でストレスと上手く付き合っていかないとちょっとでも気が緩むと身体を崩してしまうような時期でした。やはりそういう時にドカンときてしまうのだなとつくづく思います。

幸い職場環境に恵まれていましたので優先順位を考えてひたすら仕事だけに打ち込めば良い状況でした。描きかけの絵も中断をして本業の仕事を何よりも優先にしなくてはいけない時期、でも5月頃には会社での仕事は定時にあがれてまたアート活動も出来るからと自分では割り切っていました。

T脳神経外科でMRIの予約を取る時に本当は看護師さんにその週の金曜日の予約をしたほうが良いと言われたのですがこれ以上早退は出来ないのでその翌週の3月13(土)に予約を取りました。その日が来るまで「脳腫瘍の疑い」であることもすっかりと忘れるくらい仕事に没頭していました。(あ、この様な表現だと私は仕事が大好きでバリバリなOLと思われがちですね、でもこなしていかないといけなかった時期なんです)


<アレビアチン錠の副作用>

その日に処方してくださったアレビアチンの副作用はすぐに起きました。
私の場合はただひたすら眠くなること。気が緩むとウトウトとしてしまうのです。時には目が充血したり、出勤の時は私は中央線を使って終点の東京駅まで行くので満員電車の中で立っていてコックリと眠ってしまっても乗り越すことはまずなくて、しかし帰りの電車の中では始発なので完全に座れてしまい携帯のアラームのセットは必須でした。


<MRIを撮る>

3月13日(土)
とりあえず仕事が一段落して軽い気持ちでT脳神経外科へ行き一回目のMRIを取りました。
そこのMRI室ではジャズが流れていて私はMRIを撮っている時ドタンバタンとうるさく聞える中でもしっかり薬の副作用で気持ち良く眠っていました。そしてまた2回目の予約を3月19日(金)に入れて帰宅しました。

                      *  *  *  *  *

やっと仕事に余裕が出て来た時期でした。2回目のMRIで結果がわかるのでインターネットで「脳腫瘍について」と「てんかん性発作について」の症状を仕事の合間や自宅のPCなどでたくさん検索をしていました。両方とも要因の中の一つとしては「睡眠不足やストレス」が挙げられていました。

                      *  *  *  *  *
3月19日(金)
二回目のMRIもジャズがかかっていましたが横になった時点でまたすぐに眠ってしまいました。
そしてこの日は母が付き添ってくれました。

名前を呼ばれ一人で診察室に入りました。
この時が6月の手術に執刀してくださる先生との最初の出会いになるわけなのですがその時はまだそんな事は考えもしていませんでした。

診察室にはMRIで撮った私の脳のレントゲンの写真がたくさん貼ってあり「う~ん、ここに脳腫瘍が広がっていて・・・・」と良く見るとCTでは三日月程度の影しかなかったのにMRIでは断面図でいうと6分の1から4分の1のもやがかかったような腫瘍が広がっているのがわかりました。「うわあ~本当だ!」と心の中で。

「私個人の意見では手術して切除したほうが良いと思います」と先生は言われました。既にその時から私の場合は覚醒手術になるだろうと言われ(この覚醒手術のことはまた後で説明します)その先生はとても丁寧に説明してくださり好感の持てる爽やかなイメージの先生でした。
こういう時も第一印象って大切ですよね。

私の脳腫瘍の位置は左前頭葉にありそこの機能は手足の運動を司っているのと言葉を話す機能の場所にありこれを放って置くと右方麻痺や言語障害になるとわかり易く説明してくださいました。「突然そう言われて動揺されていると思いますが・・・・・」と気を使われて先生はおっしゃってくださいましたが「動揺する」というよりも私はまだこの時は自分のことを言われているのにどうしても他人事のように感じて受け入れることが出来ませんでした。

「今日はご家族の方は来られてますか?」の問いかけに「はい、母が来ております」と言うと「ではここに呼んで来てください」と言われ一度診察室を出て母を呼びに行き一緒に診察室に入ると先生は座っていた椅子から立ち上がって丁寧に母に「はじめまして」と会釈をして礼儀正しく自分の名前を言ったあとに私に話してくれた内容をまた始めから話して下さいました。

先生はまず母に私が倒れた時の状況を聞きました。
そして母はすぐに「手術をして取ってください」とまずは言ったものの私の現状を把握して「・・・せっかく職場にも恵まれてこれから5月6月7月と絵の合同展や個展も控えているのに・・・」と言うと先生は母に「まずは治療することが優先です。救急車で運ばれた時点でいつどこで倒れても不思議ではないくらいに脳は既に悲鳴をあげていたのです」と言われてしまいました。私の腫瘍は急に出来たものではなく年単位で徐々に広まっていたそうなのです。

その先生は週に2回T脳神経外科で働いていて実際の勤務されている病院はN大病院の脳外科の先生なのでそこでN大病院を紹介して下さいました。そして他のT大学病院やJ大学病院も紹介してくださり病院が決まったら紹介状を書きますのでまた来週いらして下さいと言われました。

脳腫瘍になる直接の原因はわからないそうです。
手術の話を終えた後に「あ、絵描きさんなんですか?」と先生は私に聞くので「まあ、その・・・本業はOLなんですけれど・・・・」という会話をほんの少しだけして診察室を出ました。

母が支払いを済ませている間、誰も見ていない場所で一人で私は「手術かあ・・・せっかくアート活動も仕事も順調だったのになあ」と思うと目から大粒の涙が出てきました。
でもそれはほんの一瞬で「やっぱりこれ本当の話なの~?・・・・」と我に戻り脳腫瘍の手術を受けている自分の姿が全く想像出来ませんでした。


<病院選び>

T大学病院もJ大学病院も自宅から中央線で一本でとても行き易い病院なのですがN大病院は電車を一度乗り換えてさらにバスに乗らないといけない場所にあるのに色々と考えてあえてN大病院に決めたのは私と母の「直感」なのであります。私はこの直感に感謝をしたい。

約三日後母に「19日は有給を取ってお休みにしたけれどもう月末になるから休みは取れないので手術の正式な申し込みは私の代わりに行って来てネ」とここでもまた他人事のように頼み先生が来られる金曜の午後に母にT脳神経外科で正式にN大病院への紹介状を取りに行ってもらいました。

その③へつづく
☆アレビアチン錠について



病院選びは色々とネットで調べたりして本当に迷ったけれど・・・・・
近所では評判の高いT脳神経外科ではこの日の看護師さんで年配の方でなぜか私に人懐っこい人がいてその人は診察室で私達の後ろで話を聞いていました。

診察室から出る時に「最後に採血だけ取ってってください」と先生に言われたので採血中に私はその看護師さんに小声で「すみませーん!さっきの先生の名前もう一度教えてください」と言うとニコニコしながら「F先生ですよ」と答えてくれて「診察に来る時はF先生が良いわよ!火曜か金曜日にいらっしゃいネ、火曜か金曜日に!」と耳打ちされたのも私の心に中に残っていたんです(笑)
ありがとう!こっそりと教えてくれて037.gif
by ikumiartcafe | 2010-09-10 11:48 | 私の闘病日記

アマチュアのイラストレーターです。主にアクリル画の作品が多く作品が出来上がるとショートストーリーも添えています。作品もたまってまいりました。


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